このページの本文へ

公益財団法人
吹田市健康づくり推進事業団

〒564-0072 吹田市出口町19番2号
吹田市立総合福祉会館内
電話・FAX (06)6330-9966
kenkouzukuri@cello.ocn.ne.jp
サイトマップ
ここから本文です

循環器病予防 市民の集い
~健都から発信!学ぼう循環器病予防のこと~
基調講演2 テキスト原稿
テーマ 屠龍(とりょう)()-命を救う究極のECMO(エクモ)システムを目指して」
~国立循環器病研究センター33年間の挑戦~
講師 国立循環器病研究センター
オープンイノベーションセンター
副センター長
巽 英介 氏
(御前副理事長)
それでは引き続きまして、国立循環器病研究センターのオープンイノベーションセンターの副センター長でいらっしゃいます巽英介先生にご講演をいただきたいと思います。巽先生のご紹介をさせていただきます。1982年に大阪大学医学部を卒業されまして、母校の第一外科などを経られまして1987年に、当時の国立循環器病センター研究所にありました人工臓器部というところに、ご着任になりました。その後、米国のユタ大学の留学などを経ましてここセンターに帰ってこられまして、2007年には人工臓器部長2012年には研究開発基盤センターの副センター長になられまして、現在はオープンイノベーションセンターの副センター長としてご活躍でございます。先生も大阪大学を始めて、多くの大学の招へい教授、客員教授などを務めておられまして、各種学会でも要職についておられます。巽先生の業績の中で一番大きな昨今のコロナ感染症の爆発で、話題になっておりますエクモ、膜型の人工肺というですか。そういうものの開発に長年30年以上にわたって携わってこられました。本日は屠龍の技、これはなんか中国の古典の言葉だそうでございますが、命を救う救急エクモシステムを目指してということで、国立循環器病センターの33年間の挑戦ということで、先生ご自身の歩みとか、ご苦労を中心にお話いただけるものだと思っております。それでは巽先生よろしくお願いいたします。
(巽先生)
はい。先生どうもご丁寧なご紹介ありがとうございました。国立循環器病研究センターの巽と申します。本日今ご紹介いただきましたように、
<スライド> 屠龍の技―命を救う究極のECMO(エクモ)システムを目指して:国立循環器病研究センタ―33年間の挑戦
「とりゅうのぎ」とも読みますし、「とりょうのぎ」でもいいみたいですけども。「命を救う究極のエコシステムを目指して」ということで、新型コロナウイルス感染症の治療に用いられて、昨今、名前が知られるようになりました。エクモこれにつきまして、国立循環器病研究センターというのを、30年以上にわたって渡る研究開発の歴史についてご紹介したいと思います。研究開発の話で、あまり小難しい話になっても困りますので、このエクモについての歴史的な背景とか、それから私の個人的な経験も含めて話して、こういう機器が、どのようなタイムスパンで、そして、どのようにして作られてくるのかということを少しでもお伝えできればいいかなと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
<スライド> 国立循環器病センター人工臓器部における研究開発
さて国立循環器病研究センターでは、人工臓器部、というところを中心に、人工心臓や、それから人工肺、それから本日の話題のエクモシステム、こういった先進医療機器の研究開発に取り組んでおります。いつでも目指してるのは、この最新の研究成果、これを必ず臨床の現場に届けて、そして患者さんの命を救う治療に役立てるということです。実際このスライドの中で、黄色い網かけで示した、これはすべて常に製品化や、そして臨床応用を達成したものとなります。
<スライド> 屠龍技: 荘氏の著書「荘子(そうじ)」雑編の列禦寇(れつぎょこう)
(列禦寇=列氏)
本日の講演のタイトルにあります「屠龍の技」という言葉ですが、これは紀元前の中国の思想家荘子の著書の中にある言葉です。昔中国の青年が龍を退治するため、必殺技の屠龍の技を大変苦労して身に付けたのですが、結局龍が現れることなく、苦労して身に付けたたその屠龍の技を使う機会がなかったという物語です。広辞苑では、「学んでも実際には役立たない技術」という少しネガティブな意味が書かれています。しかしこの言葉をあえて、組織の心得としているのが、1995年の阪神淡路大震災の翌年に設立された災害にも対応する東京消防庁のハイパーレスキュー隊です。ハイパーレスキュー隊の玄関を入りますとこのような額が掲げられておりまして、そこになぜこれを心得にしたという理由が書かれているようです。それによりますと、龍の出現の有無に関わらず、屠龍の技を磨く、ただし、現れたなら一撃のもとにこれを葬る。そして、何もないことと、何もないようにしたこと。とは天地の差がある。これは私たちの心得であるが、このように書かれておりまして、このことは胸にハイパーレスキュー隊は、日夜過酷な訓練に臨んだということです。
<スライド> 東京消防庁ハイパーレスキュー隊と屈折放水塔車が屠龍技で日本を救った
ところが荘子の物語と違って本当に龍が出るわけです。それは2011年の東北、東日本大震災で起こった、福島第1原発のメルトダウンですね。この時は、我が国は本当にピンチだったと思います。一刻も早く、核燃料を冷却してメルトダウンを止める必要があるんですけども、放射線量が如何せん高過ぎて、近づくことができないわけです。自衛隊の大型ヘリがこのように上空から放水を試みましたが、まさに焼け石に水の状態でした。この大ピンチを救ったのが、この日々訓練を積み重ねてきた東京消防庁のハイパーレスキュー隊です。この命がけの活動で見事に、冷却に成功したんですが私はもう一つ注目したのはこの時用いられた特殊車両の屈折放水塔車です。この車両によって、高さ22mから毎分3.8トンの放水。自衛隊ヘリが4回運んで7.5トンですから、わずか2分間でそれを放水できるわけですけども、それをまる一日以上放水し続けてようやく、この燃料炉の冷却に成功したということになります。この特殊車両の存在がなければ、ハイパーレスキュー隊のこの活躍は、ありえなかったと思います。私どもが思うのは、先端医療というのもある意味これよく見ているのではないかと思います。先端医療にはそれに関わる、医療者の知識や経験や技術、これはもちろん重要なんですけれども、その実践にはやはりその、革新的な薬剤、そして医療機器、これが非常に大きな役割を果たしています。
<スライド> 新型コロナウイルス(COVID-19)による重症呼吸不全に対するECMO治療
さて、新型コロナウイルスによって重症の呼吸不全になった患者さんに対して、最後のとりでとして申し上げているエクモシステムですけれども。最近頻繁にこのように、テレビでも放映されるようになって、一般の方々にもエクモという名前が広く知られるようになってきました。
<スライド> ファストアラート新型コロナウイルスリアルタイム情報およびCOVID-19対策ECMOネット ECMO治療集計
新型コロナウイルスに対してエクモで治療中の全国の患者さんの数は、昨日の時点(令和3年1月30日)で最大の73例によりまして、累積の使用数では455人としております。米国では約半数近くの方が、エクモで治療しても亡くなられます。これに対して我が国の成績は比較的良好なんですけどそれでもやはり3分の1の方を救命することはできません。もちろんこの使用期間と死亡率の関係を見てみますと、使用期間の長いほど死亡率が高くなります。これはもう重症度が高いほど使用期間が長くなるという、結果のあらわれでもあるんですけれども、一つ大事なことは長期間、使用しても安心し、安全使用できるエクモシステム。そういう高性能のエクモシステムの開発が非常に重要であるということを示ししていると思います。
<スライド> ECMOシステム
さて、このエクモシステムですが元々の起源は、心臓の手術に用いられる人工心肺装置というものから発展してきたものです。人工心肺装置は心臓手術の際に、患者さんの呼吸と循環の機能を肩代わりして、それで大掛かりな、複雑な装置となっています。
<スライド> 開心術と体外循環
これは動物実験の心臓手術の写真でありますけども、手術してるのは10数年前の私ですけど、この手術では生体の心臓を切除して、この同じ場所に、人工心臓を埋め込んで、そしてこの後、人工心臓を駆動して、またその動物は元気に生活していくというような実験です。この状態ですね、生体の心臓のない状態でも、生体が生命維持できるっていうのは、この右側にあります人工心肺装置。これによって、呼吸と循環100%肩代わりしてるからと言うことになります。
<スライド> 人工心肺装置模式図
具体的には患者さんの身体から静脈から血液を抜いてきて、脱血してきて、そして、血液ポンプで人工肺にお送り人工肺で、炭酸ガスを除去してそれから酸素を添加するガス交換という作業を行って、そして、また動脈に戻してやるということです。これによって血液は患者さんの心臓と肺をバイパスすることになってこれ初めて心臓にメスを入れることができるということになります。
<スライド> Gibbonが開発したスクリーン型人工肺と世界初の人工心肺使用開心術の成功(1953)
さて、歴史を振り返りますと、この人工心肺装置はジョン・ギボンという米国の外科医が27歳だった1930年にある悔しい症例を経験して、これをきっかけに開発を開始したことに始まります。そして23年間の研究開発の時間を経て、1953年に、世界で初めて、人工心肺装置を用いた心臓手術に成功します。この時ギボンはすでに50歳になっておりました。そしてこの人工心肺装置というのは、心臓外科の歴史最大の影響を与えた、歴史の最大の発明であると、いうふうに言われてます。
<スライド> Gibbonが開発したスクリーン型人工肺と世界初の人工心肺使用開心術の成功(1953)
エクモはこの人工心肺装置をできるだけシンプルな形にして、より長期間、呼吸補助だけではなく、循環補助に用いようとするものです。人工心肺装置と同じように、血液ポンプ、そして人工肺がコアパーツなんですけれども、それ以外にも様々な測定装置を取りつける必要があって、まだまだ大きくて、複雑な装置になっています。
<スライド> ECMO(PCPS)施行数(PCPS研究会、2009〜2015年)
元々は心臓外科から発展してきたものですが、この青いところがそうですね、しかし最近では循環器内科の領域や、救命救急或いは集中治療そういったところで使われて、幅広く使えるようになってきています。
<スライド> ECMO臨床の歴史
エクモの歴史を振り返りますと、このジョン・ギボンの世界初の人工心肺装置を用いた手術の成功から11年後、ティオドールコロボウという外科医がkolobou人工肺という、画期的な人工肺を開発して、そしてさらに、その7年後の1971年に、世界で初めて2週間以上のエクモの動物実験に成功します。そして同じ年、これサンフランシスコのドナルドヒルこれも外科医ですけれども、世界で初めて、エクモによる実際の臨床の救命例を報告しています。しかし、その後1970年代80年代そして90年度の終盤にいたるまでなかなか臨床研究でこのエクモの有用性を証明することができませんでした。わずかにこのミシガン大学のロバートバートレットが、新生児に対するエクモだけ有用であることを証明して、新生児部門はその後徐々に増えていくわけですけれども、成人に対するエクモが有効であるということが証明できたのは1990年代終盤です。以降、2000年代に入ってから、装置の性能の向上とともに、成績も上がってきて、現在に至っているということになります。
<スライド> 人工臓器研究に就く契機となったECMO症例
さて、私がエクモの研究に入るきっかけとなった、ある症例として少しご紹介したいと思います。患者さんの心室中隔欠損症という心臓の病気の生後2ヶ月の女の子です。手術自体はうまくいったんですけれども、術後数時間後に、急激な重症の呼吸不全を呈します。そしてとうとう心臓が停止してしまいまして、私は懸命に心臓マッサージ続けていたわけですけれども、その横で時の医長と部長の先生が、人工心肺装置の回路を、手っ取り早くといいますか、迅速に組みかえてエクモ装置を作り上げてですね、それで呼吸補助を開始したんです。その呼吸補助のもとで、この女の子は、心蘇生に成功します。私は当時エクモのことほとんどわかっていなかったのでその威力に大変驚きました。しかし残念ながらこの患者さんはエクモを試行するときに、用いなくていけない薬剤の副作用で、結局エクモから離脱したんですがその後亡くなってしまいます。私はそのエクモの効果、それから同時に解決すべき課題をこの症例で、大変心に沁みまして、いつかエクモの研究に関わることができれば、ぜひそうしてみたいと思うようになりました。それから数年後に、国立循環器病研究センターでエクモの研究に従事する機会を得て、現在に至っているということになります。
<スライド> 国立循環器病研究センターにおける34年間のECMOシステム研究開発
さて、国立循環器病研究センターでは、まだエクモの有用性が臨床研究で証明されていない、そういった時代の1986年にそのエクモの将来性を見据えた研究開発が始まりました。その後、様々な企業との共同研究を経て、様々な技術、或いはですね、製品、革新的な製品の排出を行って参りました。
<スライド> 本研究開発の原点となった高野久輝先生のヒューマンサイエンス財団への研究申請書(1986年)
このスライドはそのきっかけとなった、私の先先代の人工臓器部部長の高野先生という先生の申請された、大型研究費で採択されたんですけども、その内容というのは、エクモそのものではなくて、エクモ用として長期間用いる人工肺のための、そのための新しいガス交換の開発というテーマでした。そして研究費が幸いにも採択されて、その研究員として採用されたのは私だったということになります。
<スライド> 右心補助人工心臓と膜型人工肺を用いた長期呼吸補助法
さてそんな国循に私は赴任したんですけれども、当時は人工心臓の研究開発の臨床医は世界のトップランナーでした。しかしこのエクモと人工肺については、ほとんど何も手つかずの状態でありました。そこで私はまずエクモを評価するとための動物実験のモデル作りから開始する必要がありました。これはその当時の論文ですけれども、ここに書いた動物実験のモデルは今だに、今でもですね、国循のエクモの実験モデルの基礎となっています。
<スライド> 国立循環器病研究センターにおけるECMO動物実験成績の推移
さて、最初10年ぐらいのうちはなかなかうまくいかなかったんですけれども、成績も伸びなかったんですけれども、いくつかの技術的なブレイクスルーを経て、2000年代に入ると、1ヶ月以上、コンスタントにそして最長は3ヶ月以上、ヘパリンという抗凝固剤を用いずに、動物でエクモを連続使用することができるように成績は向上して参りました。これは、当時、そして今でも世界で唯一でダントツの成績となっています。さてここからは具体的な開発の件について、ご紹介していきたいと思います。
<スライド> これまでのECMO/PCPSシステムの問題点
従来のエクモの問題点を整理すると、大きく三つに分けられると思います。一つは、第1番目には、装置の耐久性が乏しいこと。中でも特に人工肺の長期使用によって人工肺から血液の中の液体成分が漏れ出す「血漿漏出」という現象が起こって、これがいったん起こるとものすごく性能が一挙に低下するので、大至急リスクを冒して回路の交換する必要がありました。そして2番目の問題点は、抗血栓性に乏しい。人工肺も血液ポンプも生体にとって異物でありますので、まず接触すると、凝固、血が固まってしまうということで、血栓塞栓症を起こします。これを防ぐためにヘパリンという抗凝固物質を投与すると今度は逆に出血の合併症という問題がありました。3番目は、移動性、携帯性に乏しい。実際には、この複雑な装置になっていくために、ICUでしか使うことができません。これをコンパクトにできればその使用範囲を大きく広げることができるというふうに考えました。それで私たちはこれらの問題点を順々に解決してきました。
<スライド> 長期耐久性と抗血栓性に優れた次世代型人工肺PlatinumCube-NCVC(BIOCUBE)の開発
まず人工肺の耐久性に関してですけれども、血漿漏出を起こさない新しいタイプの人工肺の開発に取り組みました。ご存じの方も多いと思いますけれども、ノーベル物理学賞の研究が行われたカミオカンデ、そしてスーパーカミオカンデ、ここには数万トン超純水のほとんどが不純物を含まない水が蓄えられています。この超純水を作るために開発された、ポリメチルペンテン製の物質交換膜これに着目して、これを人工肺のガス交換膜に使えないかということで企業とともに研究を始めまして、そして1990年に、このポリメチルペンテン製のガス交換膜を用いて、世界で初めての人工肺の製品化を達成しました。ちなみにこのポリメチルペンテン膜を用いた人工肺は、現在ではほとんどエクモシステムで用いられるようになっています。これによって血漿漏出の問題はほぼ解決されました。それから抗血栓性に関しては全く別のプロジェクトとして、企業と一緒に、共同研究を進めておりまして、従来は全身に投与するへパリンいう抗凝固物質を血液と接触する回路の表面に固定する。しかも、従来の50倍ぐらいの水を一定する技術を開発しました。T―NCVCコーティングと名付けましたけれども、これによって、全身に投与するヘパリンは大幅に低減できることになりました。この二つの技術を一体化してでき上がったのは、耐久性と、抗血栓性すぐれた新しい人工肺プラチナムキューブNCVCで、これ2001年に製品化いたしました。現在の名前をバイオキューブとかえて、今までの最新のエクモ装置の中に使われております。
<スライド> H1N1インフルエンザに対するECMOの適用(Australia, New Zealandの経験)
さて新規感染症による重傷範囲に対するエクモが有効であることは今から12年前、2009年に大流行いたしましたH1N1型のインフルエンザの時にすでに報告されています。この時、オーストラリア、ニュージーランド南半球では、日本やアメリカの北半球の半年前に、冬が来て、パンデミックが広まっていました。その中で重症の患者さんにですね、エクモで呼吸補助頑張ってやっていると、そのうち免疫力でインフルエンザの方は回復して、あと、エクモからも離脱できるとという患者さんがおられるという報告が、南半球からステージ5の時に、北半球に伝わる前に出てきてます。
<スライド> BioCube-NCVCを用いたECMOによる新型インフルエンザ小児重症呼吸不全の救命例
我が国ではタミフル・リレンザいう抗インフルエンザが普及していたために、欧米と比べると重症化するリスクが少なかったんですけれども。この新型インフルエンザ特徴として、比較的若年層で急激に悪化するような症状が見られました。この症例は11歳の女の子、のどの痛みを訴えて、わずか1日半後に、急性の重症呼吸器不全に陥って、大学病院の救命救急に搬送されてきた人です。この患者さんは、入院時の肺はほとんど真っ白、血液ガスのデータも非常に悪くて、まさに虫の息の状態で運ばれてきたということです。人工呼吸器で治療不能ということで、緊急でエクモを導入しました。その時用いられているのはスライドにありますように私たちが開発したプラチナキューブNCVC人工肺です。その後も、レントゲン上の肺の状態はどんどん悪くなってきまして、6時間後、これは一番悪い時ですけど、エクモを導入していなければ、おそらくこの時点までに亡くなっていたと考えられます。しかしこの後、回復に向かいまして、3日少々のエクモを経て、ここから離脱し、そして、1週間後ぐらいには元気に退院されることになります。
<スライド> 新興感染症H1N1インフルエンザによる重症肺炎とECMO治療
このスライドは、一昨年2019年の11月にある学会の講演で使ったものあえてそのまま持ってきたんですけれども、この時お話したのは、2000年代に入ってから、新興感染症の局地発生アウトプレイクがもう頻回起こっていると。パンデミックに至ったのは、一枚目のだけなんですけれども、より強毒性のものが、パンデミックにいつ至るかわからないので、エクモの開発改良と、そして、使用体制の整備ってのはすごい大事ですというお話をしました。しかしこの時まさかその数ヶ月後に、このように新型コロナウイルスの感染症のパンデミックが引き起こされると想像だにしていなかったわけですけれども。もう一つお話したのは、このエクモの使用期間が平均8.5日に対して、回路の交換が4日で行わなくてはいけなかった。つまり今後こういう呼吸補助を行うエクモについては、より長期間、安全に使用できる装置の開発が非常に重要であるというようなお話をしました。
<スライド> これまでのECMO/PCPSシステムの問題点
回路交換が必要だった理由として、一番私たち重要視してるのは血液ポンプにできる抗血栓性の問題です。
<スライド> 開心術用の接触回転型遠心ポンプの長期使用による軸周りの血栓形成
エクモに用いられる血液ポンプは遠心ポンプといいまして、ポンプの内側に羽根車があって、これが1分間に数千回転して血液を吐出するという構造になっています。この回転は、羽根車の軸、それから、それを受ける側のケーシングの方の軸受この間で接触を起こしながら回転することで、安定して回転することができます。これ、短時間だったらいいんですけども接触回転を長時間、エクモのように長期間続けますと、この接触回転部分に血栓、血の塊ができて、これが生体の流血中に、飛び出します。そうすると血栓塞栓症を起こして、患者さんの状態が悪くなるということになります。私たちは、この問題を解決するために、何とかこの羽根車を、どこにも接触しない状態、言わば血液中で、浮き上がった状態で回転させる、そういうことはできないかというふうに考えました。
<スライド> 液体の圧力による支持
さて、このスライドの左が、これにあるのは、ここにある公園などに設置されているグラニットボールという遊具で、ボールの重量自体300kgぐらいあるんですけども。下から湧き出る水の圧力で支えると、このように小さいお子さんでも、くるくる回すことができると。この同じ理屈を用いているのが、産業に用いているのか、火力発電所や原子力発電所に使われてるタービンです。これは400トンから500トンあります。すごく重いので、もしこの軸受を経て、軸を支えて接触しながら回転させた一発で壊れてしまいます。そこでタービンでは、軸と軸受けの間に高圧で水を流して、これ支えて回転しています。
<スライド> 世界初かつ唯一の動圧浮上非接触回転型ディスポ遠心ポンプBIOFLOAT-NCVCの開発
私たちはこの技術をタービンの1000万分の1の重力の血液ポンプに何とか応用できないということで、このタービンをつくっている重工業用メーカーと共同研究を行いました。そして、約十年間の研究開発の結果、世界で初かつ唯一、動圧浮上という仕組みで、非接触回転を行うディスポーサ遠心ポンプ、名前をBIOFROAT-NCVCと名付けましたけれども、これの開発に成功いたしました。まず、心臓手術の人工心肺用としての製品化を行いました。
<スライド> BIOFLOATの体外式補助人工心臓(VAD)への応用
従来の拍動流型VADとの比較
しかしこのポンプ自体は非接触回転ですので、非常に他のポンプと比べても小さく、それから駆動装置も従来の補助人工心臓の駆動装置と比べても非常に小さい。それからポンプとしての能力も従来の補助人工心肺と比べて倍ぐらいあるということでこれ何とか新しいタイプの、人工心肺に使えないかということで、開発を進めました。
<スライド> 非接触回転型遠心ポンプBIOFLOA-NCVC®の体外型連続流VADシステムへの展開:臨床治験
動物実験で試験をしたところ非常に良好な成績がありましたので、2017年10月から、国循の移植医療部とそれから、心臓外科が中心となって、医師主導型の臨床試験を実施しました。その結果非常に良好でありまして、現在は承認申請の中にあって、数ヶ月以内に製品化を達成する見込みとなっています。
<スライド> BIOCUBEとBIOFLOATを用いたECMOシステムによる新型コロナウイルス肺炎に対するECMO治療
さてこのように、人工肺と血液ポンプについては、極めて高性能のものができ上がりました。これらを組み合わせたエクモ装置は非常に良好な、成績を取る試験を示しましたので、これを組み合わせた臨床用エクモ装置として現在は特定臨床研究として新型コロナウイルス肺炎に対する治療に、全国の10施設で、用いられるに至っております。
<スライド> これまでのECMO/PCPSシステムの問題点
このようにエクモの使用パーツは、大変すごい物が出来上がりましたので、はたして並行して、最後の課題であった、移動性携帯性これを目指した研究を進めました。
<スライド> ECMOシステムの小型軽量化による携帯性向上と使用環境の拡大(2011年~)
目標は、このような、非常に大きくて複雑な、エクモ装置をできるだけコンパクトにして、救急車内はもちろん、ドクターヘリのようなもっと狭い環境下でも使えるようにすることです。
<スライド> 世界最小・最軽量の次世代型ECMOシステムの開発(開発期間:2011年〜2019年)
そして約8年間の研究開発を経てできあがったのがこの世界最小最軽量のエクモ装置です。1人でこの用に持ち運びもできて、従来型のエクモ装置と比べるとかなりコンパクトに仕上がっていることがおわかりいただけると思います。それから内蔵用バッテリーとそれから着脱可能な酸素ボンベユニットで、完全なスタンダードアローン、つまり電源供給なし酸素供給もないような状態でも、1時間以上使うことができます。これによって、エクモの使用範囲が大幅に拡大できることになります。
<スライド> 次世代型ECMOシステムの特徴
また、従来のエクモ装置では、先ほど申し上げましたけれども、様々な測定機器を後付け外付けでつける必要があったために、非常に複雑で大きな装置になっていました。そこでこの新しいエクモ装置ではすべての計測機器を回路内、もしくは装置内にインバウンドで内蔵しまして、全てのデータが、この、駆動装置のディスプレイで一括して見れるようにいたしました。これによって、非常に管理も簡素化されたということになります。
<スライド> 世界最小・最軽量の次世代型ECMOシステム
それから、エクモは緊急使用される機会も多いんですけれども、その使用前には回路の中を、液体で充填、満たす充填するという行為が必要です。この操作ですけれども今のところ、このエクモ装置でも手馴れると3分半ぐらいで準備することができる。緊急者に対しても対応することは可能です。
<スライド> 次世代型ECMOシステム臨床治験(2020年3月〜)
このシステムは現在国循を中心として、医師主導型の臨床治験が進められています。そして新型コロナウイルスの感染症の患者さんにも用いられております。実際に実習をしている臨床医から非常に高い評価をいただいております。
<スライド> 次世代型ECMOシステム臨床治験(2020年3月〜)
特に病院内の搬送とか、それから救急車の搬送であると非常に小さいので、とても扱いやすいという声をいただいております。また1ヶ月以上連続使用しなくてはいけない症例もあったんですけども、これも安定した状態であったことは確認されております。
<スライド> 次世代型ECMOシステムの今後の展開
このようなコンパクトで持ち運びもできてしかも長期間使うことができるエクモ措置が実用化されましたら、このように病院外の使用、それから病院への搬送。さらに病院の中でも、従来であれば、気管内挿管、人工呼吸装着下で管理しなくてはいけない重症呼吸不全の患者さんに対して、呼吸の方はエクモに完全に任せて、患者さんの肺は完全に休めた状態で、治療を促進する、ランブレスという状態で治療促進しますという、従来では考えられなかった、そういう治療に発展している可能性もあります。
<スライド> 次世代型ECMO開発に対する報道・受賞など
このエクモ装置は各所で高い評価をいただいておりまして、日本政府の広報誌にも載せていただきましたし、それから、国循の理事長と一緒に回っておりますけども、様々な大賞を受賞させていただきました。
<スライド> 次世代型ECMOの開発・実用化は「屠龍技」
このシステムの開発は30年以上かかってきたわけですけど、その間、多くのアカデミアそして、公官庁のご協力、そして、様々な技術を有する特徴のある、多くの企業の方々とまさに産学官連携を行いながら、開発してきたものであると思っております。私たちはこれからも命を救う究極のエクモシステムを目指して、こういった仲間とともに、屠龍の技をさらに磨き続けたいと考えています。私のお話は以上となります。ご清聴ありがとうございました。